2008年1月14日月曜日

日本と各国の違いから学べること (メキシコ合衆国)

  • メキシコの多くの企業は、2時から5時の間に、約2時間ほどの昼食休憩があり、その間に労働者は自宅に帰るか同僚と一緒に食事をとり、その後1時間昼寝をするか会話をゆっくりと楽しみます。

「日本では仕事は朝から始まり、中には忙しいため、昼食を抜いて仕事をする人も珍しくはないと思います。そして残業は日常生活の一部となっている労働者もかなり多いと思います。残業の理由も様々で、仕事が山積みだから、上司が残っているから先に帰りずらく、等。このような日本の仕事の習慣のおかげで、日本の社会は短期間で急成長を遂げました。そして現在では世界の経済界をリードする存在となり、世界各国から注目を受けています。しかし、その日本の労働者は、自分のためや家族のために費やせる時間をはたしてどれ程持っているのでしょうか。 僕は基本的に、人生楽しく笑って過ごそうと思っています。笑う時間が多い程、僕にとって人生楽しく過ごせるということを経験しているからです。なぜなら、メキシコでは日本での生活よりも笑う時間が多く、僕自身日本にいるよりメキシコにいる方が生き生きしていると感じるからです。そのため、メキシコでの学業の方が身になっていると思います。(それは結局自分が日本で自分を噴気できていないという事なのですが)なので僕は、日本で働くことになった時、意識して人生を精一杯楽しく、常に笑顔を忘れずに過ごしていきたいと思っています。そして自分が楽しく、周囲の人にも好影響を与えることができれば尚更良いと思います。」

  • 人と挨拶をするとき、男性は同性には握手かハグ、異性には頬を合わせてキス。女性は同性、異性両方にキスをします。

「この習慣はメキシコだけではなく、中南米の多くの国、そしてヨーロッパにもあるようです。人と人との距離感は世界各国様々で、日本は世界の中でもかなり離れているように思います。それには相手を尊うという日本独特の文化があるからです。相手を敬う気持ちからお辞儀が生まれ、そこからある一定の距離間が生まれたのだと思います。これは日本にしかない素晴らしい文化であり、僕たちはこれを大切に後世に伝えていかなくてはならない日本の宝物の一つだと思います。 そしてメキシコでは、その人と人との距離がかなり近く、それによって日本よりも相手と打ち解けやすくなるように僕は感じます。そのため日本人より他人を敬う気持ちが欠けていると思いますが。しかしメキシコの挨拶の習慣から、初対面でも今までよりもう少しだけ積極的に話しかけ、相手を知ろうとする勇気と好奇心が必要だと思いました。そうすることによって、より多くの人を知ることができ、またより多くの知り合いと呼べる人、また友達と呼べる人を持つことができるようになると思います。」

  • スーパーマーケットには、多くの小学生が働いてる姿をよく目にします。

「日本の労働基準法では、{児童の健康及び福祉に有害でなく、かつ、その労働が軽易なものについては、行政官庁の許可を受けて、満十三歳以上の児童をその者の修学時間外に使用することができる。映画の製作又は演劇の事業については、満十三歳に満たない児童についても、同様とする。}となっています。すなわち、13歳以上の児童は、学習を優先し、学業に影響が出る場合や自動の健康を害する場合は仕事をしてはならないというように規定されてあります。しかしメキシコでは、大手スーパーのSorianaは深夜10時になっても小さな小学生がカートをなおしたり、客の購入物をビニール袋に入れたりと働いています。彼らは何時に寝、何時に起きるのでしょう。また、学校の宿題をしたり、親とその日学校で友達と遊んだことや何を学んできたのかを話す時間はあるのでしょうか。そして彼らの親は、子供とコミュニケーションをとる時間がないため、 子供の事はおそらくほとんど知らないのでしょう。メキシコの国民全体の約70%は貧民であり、スーパーマーケットで働くことすらできない人も沢山います。その人達はどうするのでしょう。道で道行く人にお金をねだります。寒さで足が腐っている人もある教会の前で見かけました。これが現実です。  僕はこの人たちに同情はしたくはありません。この人達は一生懸命生きているのですから。しかし、全力を尽くして助けたいと思います。今の僕には助ける力など全くありません。だから今は自分の恵まれている人生の中で、自分が恵まれた環境で生きていることに感謝する気持ちを決して忘れず、そして少しでも人のために将来何ができるかという事を常に考え、その目標に繋がることを今実践しなければならないと思います。」

  • メキシコには多くの先住民が生活し、彼らの文化を守りながら生活しています。だから、メキシコのどの場所に行っても、必ず違う何かを見つけ、学ぶことができ、文化が国を非常に豊かにしています。

「メキシコの友達に日本の事を教えてと尋ねられ、日本特有の文化を話す機会がよくあります。僕は必ず初めに、食事について話します。なぜなら日本の食事は他の国にはない、健康的で、しかも人間の特徴である味覚と視覚の両方で楽しむという、人間の機能を思う存分使って楽しむことができるものだからです。これは海外にはない、日本が自慢できる特有の文化です。しかし仕事の話になると、いつも寂しい気持ちになります。日本は以前は農業、林業が盛んで、企業でも年功序列制度が主流でした。しかし第二次世界大戦後、アメリカ志向が広がり、日本企業はアメリカの実力主義を取り入れるようになり、他人をけ散らしてでも上にのし上がるという社員が増え、企業はとにかく売上や成績だけを重視するようになり、人間味が職場から減り、結果貧困の差が大きくなってきているように思います。文化が守っていた日本の生活レベルの均等が、文化を失うことによって日本人の安定が崩れてきているのです。この話はメキシコ人の友達にはしたことがありません。好きな日本の悪い部分を知られたくないからです。しかし、日本の文化は着実に失われていることは事実です。服装を見ても、夏下駄を履く人を見ることは非常に少なくなりました。あの音は厚い日に、気持ちを涼しくしてくれるさせてくれるのですが。 僕は今日本にいないため、日本にいる時よりも日本独自の文化をよりはっきりと見ることができます。だから、自分が今感じる日本の文化をよく考え、今後少なくとも僕がその文化を実践していきたいと思います。」

  • 多くの大学生は金曜日と土曜日の夜は、友達とディスコに行き楽しみます。

「多くの日本人大学生は、週末はアルバイトをしていて友達と一緒にいる時間がないというのが一般だと思います。メキシコと日本の大学生の大きな違いは、メキシコの学生でアルバイトをしている数が日本に比べて非常に少なく、日本人がアルバイトにかけている時間をメキシコでは学生同士遊んで楽しむということです。その結果、メキシコ人の方が人づきあいがうまいような気がします。少なくとも、平均的に見ると、メキシコの大学生の方が人との付き合いの経験を日本人の大学生よりも多く持っています。もちろんメキシコの夜のディスコには様々な危険が存在し、お酒も沢山飲むので健康的な場所ではありません。しかし、人と人との付き合いを知っている人が将来社会で活躍する、もしくは社会でうまくやっていくことが出来ると思います。日本で多くのいじめや社交性に欠けている人が増えてきている今日、大学生活で人との関わりの大切さをもっと重視するべきなのではと感じます。」

  • 友達に家に招かれたり、ホームステイ先に初めて訪れたとき、メキシコでは必ずEstas en tu casa.と言われます。また、そこを去るときも、Ya sabes que tienes tu casa.と言われます。

「"Estás en tu casa." は英語で "You are at your home." という意味であり、"Ya sabes que tienes tu casa aquí." は英語で "You already know that your have your house here." という意味になります。とても温かい言葉だと思いませんか?もしこの言葉がただの習慣であり、それを言った人がそこまで深い意味を込めて言っていなかったとしても、その習慣自体から人の温もりを感じませんか?友達や知り合いがその人たちの重要な人生の一部を自分の家で過ごしてくれるのです。そう考えると、その人達のためにこの時間を最高のものにしたいと思うのは当然のことなのでしょう。」

  • チラシ配りの時、受け取る側はgraciasと言う人が多いように思います。

「日本でもメキシコでもチラシ配りはよく目にします。日本ではチラシを受け取らない人がかなり見受けられます。その人の中には、ゴミになるから、どうせつまらない情報だからを考える人が大半だと思います。また、こんな楽な仕事をして金儲けをするなんてと腹をたてて、そのためチラシを受け取らないという人も中にはいるでしょう。しかし僕たちは決してそのチラシを配る人たちの本当の気持ちを知りません。もしかすると、その人たちは本当に良い情報を少しでも多くの人たちに提供したいと思いチラシを配っているかもしれません。もしくは、そのチラシ配りの人たちの中には、子供がいるが自分は職業に就くことができず、就職活動の合間をぬって少しでも自分の子供にミルクを飲ませるために一生懸命働いている人もいるかも知れません。そう考えると僕は、たとえそのチラシがキャバクラのものであったとしても、受け取らないわけにはいかないという気持ちになります。 またメキシコでは、チラシを受けとる時に、一言ありがとうという人が日本に比べて多く見られます。おそらく日本ではチラシ配りの人にありがとうと言う人はほとんどいないでしょう。少なくとも僕の今までの人生で、ティッシュをもらう人以外にありがとうと言う人は見たことがありません。しかし、その人がもし精一杯チラシ配りをしているのなら、ありがとうと言われるとどう感じるでしょう。 今日、日本だけでなく世界の多くの人が真剣に他人の気持ちになって考えるということを忘れているような気がします。自分の利益のためだけを考える結果、他人を助けることなどせず、少しでも自分が贅沢できる方法を考えるのです。その結果貧困の差が起きるのです。貧困の差が日本よりも激しいメキシコで1年半住み、人の心を大切にするということを学びました。」


注)ここに僕が書いている外国から学べることは、僕の海外の経験から、自分、もしくは日本、世界全体が今後向上できると考える要素であり、僕自身、そして僕が大好きな日本や世界がより人々にとって居心地の良い場所になってほしいという願いを込めて挙げています。日本の悪口を言っていたり、日本を嫌っているということは決してありません。

2008年1月7日月曜日

日本と各国の違いから学べること (アメリカ合衆国)


 この冬休み(1か月間)に、南米の様々な国(アルゼンチン、チリ、ペルー、ウルグアイ)へ行ってきました。僕が留学や海外旅行が好きな理由が、日本とその訪れた国の違いをはっきりと見たり感じたりできることです。そして今回もはやり、多くの日本との違いを各国で見つけることができました。そしてその違いから、僕は日本人が忘れかけている大切な事を学ぶことができると思います。

 今までにおとずれた国(アメリカ、メキシコ、キューバ、エクアドル)を含め、日本との違いと、そこから何を学べるかを毎ブログ1カ国ずつ紹介していきたいと思います。(なお、これから僕が紹介する例は、僕が実際に体験したことに基づき、それがその国全体の文化や習慣ではない可能性があることをあらかじめ了承しておいてください。)

 初回は、僕が高校3年生の夏から約1年間留学していたアメリカ合衆国についてです。

・ 僕のホームステイ先は、ボランティアで学生を受け入れています。ですから、その家庭が僕を受け入れる事によって、お金はいっさい受け取りません。食事、水道、ガス代はすべてその家族持ちで、高校で食べる昼食代もその家庭の両親が僕に毎月決まったお金を与えてくれていました。

・ 高校ではKey Clubという、年間を通してボランティア活動を行うクラブがあります。そこでは生徒が集まって、いつどういった活動ができるかを考え、それを実行します。


・ 教会の活動でもボランティアが盛んに行われ、僕はテネシー州の貧しい地域に教会関係者と訪れ、そこの家などの修復作業を手伝ったり、クリスマスに、昔はその教会に通っていたが、健康上の都合により通えなくなった人の家や、病院、老人ホームへ訪れ、色々な会話をしたり、クリスマスソングを皆で一緒に歌ったりしました。

「アメリカではボランティア活動が人々の生活の一部になっていると感じました。日本ではアメリカ程気軽にボランティア活動に参加できる機会が少ないように思います。もちろんボランティアが人生の全てではありませんし、ボランティア活動をする人だけが善のある人間たということも決してありません。しかし日本人の中には、ボランティア活動に関わりたいのに、出会う機会が少ないが故に、結局それを実際に行動に移せないという人が多くいると思います。(実際に僕の友達の中にもそういう人がいます)ボランティア活動をしたければなぜしない、と思う人もいるかも知れませんが、ボランティア活動を一から組織し始める事は本当に時間と労力を費やします。そして、学業や仕事で忙しいが、少しでもボランティア活動に関わり自分が出来る事を精一杯したいと思う人には、日本ではなかなか簡単にそれを行うことはできないのです。出来たとしても、その活動を見つける機会がアメリカに比べ、断然少ないのです。ボランティア活動の普及が、日本の社会全体が、より人々の希望に応える事ができる方法の一つではないのかなと思います。」

「また、ボランティア活動を通して、非常に素晴らしい経験ができます。これは教会の行事で、クリスマスに病院に訪れた時の話です。僕たちはその日の最後に、一人の老人を訪ねました。その人はもう90歳近く、耳は少しは聞こえるがしゃべることができず、体も動かすことができない状態になっていました。僕はその時18歳で、そういう健康状態の人間と対面するのは初めての経験だったので、初めは少し戸惑っていたのをよく覚えています。そして僕たちがその老人の娘さんと会話をし、その後クリスマスソングを歌い出すと、3曲目位から左手を少しだけ動かして一緒にリズムを取り始めてくれたのです。耳は少ししか聞こえず、全く体を動かす事ができなかった人が、僕らの歌で元気を取り戻してくれたのです。その瞬間その老人の娘さんは泣き出し、僕らも皆感動し、泣きながら、でも楽しく歌を歌えたのを覚えています。これはボランティア活動を通してしか感じることのできない、人間対人間の素晴らしい経験だったと思います。もし僕が中学校の先生になったら、僕のボランティア活動の経験を少しでも自分の生徒に伝え、もし数人の生徒がそれに興味を持ったら、少しでも協力して、生徒がボランティア活動に参加できる環境を作ってやりたいと思います。」

・ アメリカの高校ではスポーツクラブが年間3つのシーズンに分かれており、僕は夏はサッカー、冬は水泳、春はテニス部に所属しました。そして文化部も併行して所属することが許されており、僕はKey ClubとModel UN-clubに所属していました。

「僕は今まで文化部には一度も入部したことがありませんでした。そして水泳部もテニス部も経験がありませんでした。しかしアメリカの高校で、一気に4つの新しいものに挑戦することができました。日本の学生は、大抵は中学校や高校の3年間、1つの部活を全うすることに意義があると感じます。それは確かにそうです。一つの事を毎日、3年間やり遂げるということは決して簡単なことではなく、そこから我慢をする強さと達成する喜びを学びます。しかしそこから自分の他の、自分ではまだ知らない可能性を見つけ出すことはなかなか難しいと思います。その点アメリカの高校では、色々なスポーツや文化部を体験することができ、自分には何が一番合うのか、自分は何が得意で何が苦手か、また様々な世界を知ることができます。僕は高校は3年間サッカー部に所属していましたが、今メキシコでは、サッカー以外にテニスも大学でレッスンを受けています。アメリカで僕は、一度に様々な運動や活動をする楽しさを学ぶことができました。その結果、日本に帰ってからは、バドミントン、ゴルフやゲートボール等、今まで全く体験したことがなかったスポーツにも挑戦し、そこで様々な人や、様々な考えを知ることができました。」
(ちなみに、上にある写真は僕がアメリカ留学時代に通っていた高校です。)

2008年1月6日日曜日

冬休み

 メキシコ2年目の前期が無事終わり、ついに念願のアルゼンチンに到着しました。まぁアルゼンチンに来たのは12月9日の事なのですが。アルゼンチンに来てからは、アルゼンチンの友達と遊びに行ったり、旅行に行ったり、とにかく1日1日を大切に、楽しめるだけ楽しんでいるので、全くブログを書く時間がありませんでした。アルゼンチンにいる間にも、来期の授業を選らび、登録しなければならなかったというのもあり、ブログは少しお休みしていました。しかし、違う国にいると、常に色々な事を経験し、学び、感じるものです。そして、今までアルゼンチン以外に、ウルグアイ、ペルーで感じた事をその都度メモに残していたので、それをこれから少しずつブログで紹介していこうと思います。

 そして、この冬休みに旅行した写真をもう一つのブログに載せているので、そちらもよければ覗いてみてください。その写真を見て、僕が行った場所に行ったことのない方が少しでもそこへ行ったような気持ちになって頂ければ、僕にとっては非常に嬉しいことです。

http://hey-my-buddies.spaces.live.com/

 僕が訪れた場所:

  ブエノスアイレス(アルゼンチン)
  イグアスの滝(アルゼンチン、ブラジル)
  モンテビデオ、プンタ・デル・エステ(ウルグアイ)
  ラ・ドゥルセ(アルゼンチン)
  サンティアゴ(チリ)
  クスコ、マチュピチュ、リマ(ペルー)
  カラファテ(アルゼンチン)

(ペルーの写真は、my spaceの1か月に投稿できる写真の枚数の限度を超えてしまったので、まだ全てを載せていません。もちろんカラファテの写真は、1枚も載せることができていません。2月に入れば、できるだけ早く載せようと思っています。しかし、1か月に722枚も写真を載せる人は中々いないでしょう。)

2007年11月26日月曜日

え・・・・・チ、チキン!?


 うそや~~~~~~ん!!どこのお土産??????

今はしんどい時期なので

 今メキシコの大学では、前期の終りに近づき、学生は最終課題に追われる日々を過ごしています。僕の家には今僕を除くと2人の大学生がいるのですが、二人とも今日(日曜日)は一日中部屋にこもっています。僕も彼らと同様、先週は課題をひたすら進める生活で、今週はその課題を終わらせ、発表しなければなりません。そして来週は学期末試験期間が始まります。

 メキシコの学校では、アメリカやヨーロッパの多くの大学とは違い、先生はたくさんの宿題を出します。その理由を先生に聞くと、「メキシコ人は自分で課題を見つけ、勉強しようとしないから。」だそうです。なので、メキシコの大学のいくつかが依然、教育改革として、教育システムが進んでると言われているスウェーデンのある大学の教育推進システムを導入しました。しかし、「自習」「家庭学習」を基本とするスウェーデンの教育論は、自ら学ぶという習慣がついていないメキシコ人には効果的に働くことはありませんでした。改革とは、上から下へ一方通行に進めるものではなく、上と下が横一線になり、お互いに意見を出し合いながら、そしてお互いの立場を理解しながら進めていくものだと思います。臨教審(臨時教育審議会)や文部科学省は今まで教育改革として、たくさんの改革を実行してきました。しかし、教育現場にいる多くの教師の意見を聞かずに進めた教育改革は、教育現場の混乱を生み、結果的には学力低下や、その他多くの問題を作ってしまいました。(例 ゆとり教育)

 これからの日本の教育改革では、まず上がしっかり現場の意見を聞き、現場の現状に基づき改革を推進する必要があります。学校レベルの改革も、教室レベルの改革も、先生たちの意見、子どもたちの意見を真剣に聞き、それに応える事ができるようなものになるべきです。

 少し話はそれましたが、僕は今学期4つの授業を履修していて、英語の授業では、最終レポート(外国びいきについて)と、日本とメキシコの大学生の生活の違いから学べる事について撮ったビデオのプレゼンテーション、もう一つの英語の授業では、日本の学校の先生に対する保護者や地域の住民の人たちからの「いちゃもん」の研修の最終レポート、教育改革の授業ではその「いちゃもん問題の理由、事例、解決」についてのプレゼンテーションとレポート(約15枚)と、実際に幼稚園へ行き、問題解決を研究する授業では、自分たちが見つけた問題とその解決方法を、教育心理学や様々な理論を踏まえ、レポート(約20枚)とプレゼンテーション。(プレゼンテーションが多い分、試験は英語の一つしかありません!!)



 日本でも、年末で会社や大学は忙しいシーズンです。なので皆さん、ここでこの曲を聴き、少しばかり心を休めてみてください。井上 陽水の「少年時代」です。


http://youtube.com/watch?v=ffTRxd23Nl0&feature=related

2007年11月22日木曜日

これ、一瞬で分かりますか?

 The cheese the rat the cat the dog the man beat saw chased ate was green.

 これを一目で分かった人は、かなり英語のセンスあると思います。少なくとも僕より。簡単に説明しますと、

The cheese was green.

The cheese the rat ate was green.

The cheese the rat the cat chased ate was green.

The cheese the rat the cat the dog saw chased ate was green.The cheese the rat the cat the dog the man beat saw chased ate was green.

となるわけです。ちなみに日本語での意味は、「人に叩かれていた犬が見た猫が追いかけていたネズミが食べたチーズは緑色だった。」です。

2007年11月16日金曜日

ダンゴ虫


 メキシコに来て約1年4か月が経ち、周りで起こる、日本ではなかなか見ることができないことに刺激を覚えない、いわゆる「普通」になってきている中、2年目の留学は、この地に慣れることに努力をするよりは、この地と日本との違いとこの地の特徴をよく考えようと意識しながら過ごしています。

 そして、今日も一つ、今まで普通と思っていた事を発見しました。それは、ダンゴ虫です。日本にも沢山ダンゴ虫はいます。僕も小さい頃はよくダンゴ虫を見つけては、庭に穴を掘り、そこにむやみに集めていました。そして上から土で埋めていたので、もちろんダンゴ虫は死んでしまいます。そして次の日、死んでいるダンゴ虫を見て、またダンゴ虫を集めに行き、同じ行為を繰り返します。しかし小さい頃の僕は、決して、どのようにすればダンゴ虫を殺すことなく集めることができるかということを学ぶことはありませんでした。なぜ僕はその遊び(?)を何度も繰り返していたのかが分かりません。その繰り返し行為を楽しいと思っていた僕は、ある意味天才でしょうか。

 このブログを初めてから、何かと疑問に思うことを見つけては、たとえ小さな事でも調べたくなってしまいます。だから、今回はダンゴ虫の生態について調べようと思い、googleで検索しました。

 いつもはすぐに調べたい事が出るgoogleですが、ダンゴ虫の場合は、「ダンゴ虫」と検索すると、1番目にダンゴ虫の上手な飼い方、そして2番目にダンゴ虫の退治の仕方が載っていました。飼い方の次に除去の仕方ですよ。こんな虫、聞いたことがありません。人々からすごく愛され、人々から毛嫌いされる虫、ダンゴ虫。

 飼い方のページでは、家の作り方、餌が載っています。家の作り方は、土をしき、少し湿らせ、その上に餌にもふとんにもなる落ち葉をしく。餌は落ち葉だけでなく、何でも食べるので、野菜や煮干しをあげてみるとのアドバイスがあります。チーズまで与えてみようとも書かれてあります。ダンゴ虫にチーズですよ。少し愛しすぎではないですか??

 そして次のページでは、駆除方法がたくさん書かれています。カボチャを置いておけばそこに巣を作るから、数日後にかぼちゃごと捨ててしまえば良いというのはまだゴキブリに対する親切心が伺えますが、他にはホームセンターでダンゴ虫専用の駆除剤を購入している人や、その駆除剤の名前を詳しく紹介している人、タバコの吸い殻を置き、ダンゴ虫を徐々にニコチン中毒にさせ、駆除するという方法を教えている人もいます。ダンゴ虫が触れない、でも殺すのは可哀そうと思う心優しき人は、ペットボトルのキャップをかぶせ、仕事帰りの旦那さんを待つという方法をとっているそうです。

 始めは、ダンゴ虫はなぜ丸くなるのか、どのように丸くなるのか、ダンゴ虫の平均寿命などを調べたかったのですが、これだけダンゴ虫に対して好き嫌いがあからさまに表わされているのを知ると、元々持っていた目標が消えてしまっていました。







 ちなみに、大好きなダンゴ虫を結果的に沢山殺していた僕は、一体何者なのでしょうか。