2008年2月29日金曜日
サッカーの試合
2008年2月28日木曜日
ブログの意味
僕のブログには、二つの意味があります。一つは、アメリカ留学同様、自分の経験や思ったこと、感じたことなどを書き残しておくことです。そして二つ目は、僕の知っている人、また知らない人に、僕が今メキシコで経験している事や感じる事、また僕が留学とは関係無しに気になったことなどを知ってもらい、そしてそれから何か少しでも考えてもらえたら嬉しいと思い、ブログを書き始めました。そして今までに、本当に様々な内容の日記を書いてきました。ブログを書き出すようになってから、ブログを書くネタを見つけるために、出来るだけ多くの事に目を光らせるようになり、それまで気がつかなかったようなことも見えてくるようになりました。それだけではなく、自分が分からない事はそれを調べ、ブログに書き、今後の自分の知識になるとともに、このブログを読んでくれる人の中でそれを知らなかった人は、このブログを読むだけで何かを学んでくれれたら、何か人の役に立ちたいとも思うようになりました。
僕は以前、外国語学習のモチベーションについて書いたことがあります。僕は将来中学校(私立ではなく公立)の英語教師を目指しているので、どのようにすれば必修科目である英語を生徒に効率よく教えることができるかということを考えるようになり、自分を考えを紹介し、そして読者の皆さんにも問いかけました。(結局返事をしてくれたのは一名ですが。)
そして最近、僕に日本のある大学のスペイン語の先生(アルゼンチン人)からメールが一通届きました。その先生は大学でスペイン語を教える傍ら、日本人のスペイン語学習のモチベーションを研究しているというのです。その先生は僕のその日記の内容と、僕の友達のその日記に対するコメントがすごく参考になったと、お礼をメールで送ってきてくれたのです。そしてその内容以外に、もっとフィードバックがあれば教えてほしいとおっしゃっていただきました。僕のブログの目標が達成された瞬間です。
インターネットで何かを探し、それが見つかった時、そしてそれが誰かのブログの場合、普通はその著者にお礼はしないですよね。あ、見つかった、良かった、で終わりだと思います。しかしその先生は、真剣に僕のブログを読んでくれ、参考にし、お礼、そして質問までしてくれました。僕でも人の役(それも他人)にたてるのだと気付かさせてくれ、もっともっと人の役に立ちたいと思いました。
未熟な著者が書く未熟なブログだとは思いますが、これからもどうぞ御ひいきの程よろしくお願いいたします。
2008年2月26日火曜日
人に何かをしてもらったら、その倍をお返しに。
玉子姉ちゃんの行動や考えにはいつも尊敬してやまないのですが、その中でも一つ、僕が本当に、何も考えずにこういう風になれたらいいのになと思うことがあります。それは、玉子姉ちゃんの「お礼」の仕方です。
玉子姉ちゃんはお寺さんなので、お中元やお歳暮にはたくさんの人からたくさんの物をもらいます。そしてそのお返しに玉子姉ちゃんは、もし5000円の物をくれた人には1万円の物、1万円の物をくれた人には2万円の物を送ります。なので、いつでもお中元やお歳暮には、約50万円の出費となります。玉子姉ちゃんはいつでも「人に何かしてもらったら、それと同じ程度の物でお返ししてはだめ。それ以上の物を常にお返しして、感謝の気持ちを伝えないと。」と言います。相手の優しさや気持ちはお金では代えれないものと考えるが故なのだと思います。だから自分も出来るだけのお礼をして、自分の気持ちを相手に伝える。これってすばらしく人間味のある行動だと思いませんか?これは一見誰にでも出来ることではないように思えます。ある程度経済的に裕福でないと、こんなこと出来ないと思ってしまう人も沢山いると思います。しかし、僕はこれは金額の問題ではないと思うのです。
例えば、近所の人から鯛を貰うとします。(今気づいた人もいるかもしれませんが、これは完全に釣り好きな僕の例です) そうすると、もらった人はその鯛を使って、何か料理をし、そして鯛をくれた人を夕食に招待します。これが「倍にしてお返しをする」ということだと思います。値段は、いつでも鯛の倍とはならないかもしれません。しかし、その人の気持ちは、鯛の値段の倍以上の価値があります。
「ありがとう」という言葉は大切です。それは常に表現しなければなりません。ありがとうという一言は自分も相手も気持ち良くさせる力があるからです。しかし、ありがとう以上の物を表現できたとき、その人は本当の意味で恩を返したのだと思います。
日本と各国の違いから学べること (ペルー)
- ペルーでは町中やビーチで非常に多くの子供を見かけました。
メキシコやペルーでは、未だに男尊女卑が根強く残っています。なので社会での役割は、男性は家の外で仕事をし、金を稼ぎ、女性は家で家事と子供の世話が当たり前と多くの人々は思っているようです。去年の留学先の大学、モンテレー工科大学で僕の友達が履修していた授業の一つで、ある時先生が生徒に、家で料理、食器洗いや洗濯をする男性についてどういった印象を持っているか尋ねたことがあります。(生徒はその子以外ほぼ全員メキシコ人でした)女子学生は「そのような旦那さんが欲しい」と大賛成していたのですが、男子学生は「なんでそんなことせあなかんねん!それは女の仕事やろ!」とブーイングだったとのことです。
一見男尊女卑は男女差別であり、あってはならないことのように思われます。僕も差別はこの世にあってはならないことだと思います。しかし、これを差別とは考えず、役割分担と考えてみましょう。より体力のある男性が社会へ出、家族のために給料を稼ぐ。一方子供の事を一番に分かる女性が家で、子供にきちんとした躾(しつけ)や健康面の管理をする。それを実行しているペルーやメキシコでは、子供の数が多い。(メキシコでは最近少子化が問題視されるようになってきていますが、その問題の危機性は日本に比べれば軽いものです) それに引き替え日本では、近年の経済成長、そして社会での男女差別撤廃の動きにより、女性が家庭よりも仕事を重視することが増えてきています。その結果子供を産まなくようになり、医療科学の発達も後押しし、少子高齢化が進んでいます。
女性にも男性と同じ労働や他のものに関しても機会を与えることは重要であり、人権を考えればそれは当たり前のことなのです。しかし、仕事をし給料を稼ぐのを重要視しすぎ、自国の将来を考えない人は、自分を今まで育ててくれた自国を潰していることになるのです。
2008年2月22日金曜日
帰国日決定!
それはそうと、帰国日が決定しました。5月5日です。(日本に到着するのは5月6日の昼過ぎの予定です。)
帰国後は教育実習、教員採用試験の準備、教職課程の授業へ出席、就職活動、自分勝手な論文、加太で釣り、市民オリンピックへ向けて卓球の再開・・・色々とやる事はいっぱいですが、学生生活の最後を精一杯満喫したいと思います。(密かにヨーロッパ縦断旅行も考えています。ここで発表している段階で、すでに秘密事項ではありませんが。)しかしもし週末とかに会える人、遊んでください。就職活動と教員採用試験が終われば、とりあえずは一段落すると思います。
2008年2月5日火曜日
友達から学ぶこと
「優しさと思いやり」
酔った勢いで日記書きます。
日記はゆる~いのを信条としてますが。。。
人生において、可能な限り「紳士たれ」 と思ってきましたが(自己中なんで自分で思ってるだけですが)、最近になって優しさと思いやりについて考えてます。
以前ある親友が「もし人運ってものがあるなら俺は最高に恵まれてる」と言いましたが、俺もその言葉をそっくりそのまま使わせてもらいます。 ごく平凡やけど俺にとっては最っっっ高の家族、人生について真面目でがむしゃらに頑張ってる友人達、バイトの職場仲間やこれから一緒に過ごす職場の同僚にも本当に恵まれてると思います。
果たして俺はその恵まれた周囲の思いやりに対して、思いやりを返すことが出来てるのか。
本来思いやりは返したりするものではないやろうけど、自分は周囲に甘えてるんじゃないかと。。。
多大なる愛情をもらった親に対しても、長い付き合いの友人に対しても。。。
俺はもっと頑張って生きんといかんと。。。
優しさで誤魔化して(人に言われるだけですが)人生歩んでで本当にいいのかと。
相手を思いやることに欠けてる自分に気付いてしまった。
甘えを捨てていかんと切に思います。
別に欝に浸ってる訳じゃないけど、
人生頑張らにゃと思います。。
ちぐはぐな文章ですみません。
P.S. 最近写真のブログにマチュピチュ(ペルー)とパタゴニアの氷河(アルゼンチン)の写真を更新しました。どうぞ暇な時にでも、ご覧ください。
2008年1月16日水曜日
ウルグアイで思ったこと
今までを振り返ると、僕は本当に運が良かったと思います。僕の欲求を十分満たすことのできるだけの経済力を持った家庭に生まれ、両親からの愛情を受け育ち、小学生時代には多くの経験や習い事やスポーツをさせてもらい、中学生時代には卓球で泉北地区(堺市、高石市、和泉市、泉大津市、泉北郡忠岡市)3位になり、高校ではサッカー部で多くの良きチームメートや友人と出会い、2年の夏急にアメリカに留学したいと思いつき、その2ヶ月後に、僕にとっては厳しいと言われていたYFU(Youth For Understanding)の試験に運良く合格。3年の夏から約1年間アメリカ、ウィスコンシン州へ留学し、帰国後は留学中に身につけた英語力無しでは難しかった関西外国語大学の公募推薦試験に合格。大学では多くの、自分と同じ興味や目標を持った素晴らしい友人と出会い、2005年に、大学に入る前からの目標であったメキシコ2カ年交換留学の試験に合格し、両親も反対をせず、僕のやりたいようにさせてくれ、また様々な援助を与えてくれました。メキシコではホームステイ先をはじめ、周囲の人々や環境に恵まれ、そして休暇はメキシコ国内を始め、キューバ、エクアドル、アルゼンチン、僕の小学生時代からの夢だったガラパゴス諸島に行くことができ、そして今はウルグアイの浜辺のヤシの木の下で寝転がり、空を見ながら何も考えず、今僕が思っていることを書くことができます。
もちろん悲しく、辛い経験もありました。しかし、それ以上に僕は幸運に恵まれてきました。だから僕はまでの自分の幸運のお返しに、たくさん努力し、多くの事に挑戦し学び、どのようにすれば他人の役に立てるかということを考えてきました。そしてその答えの一つとして、僕は教師になるという目標を見つけました。教師になれば、アメリカで学んだ英語を教えることができる他、今までの海外での経験や自分が実際に見たことや、その国の人と話して感じた事を、感受性豊かな生徒に伝える機会が与えられ、その結果少なくとも自分の生徒がより広い視野と優しい心を持ち、物事を見、考えることができるようになると思っています。また今日本では教育界に多くの問題が充満しています。たとえ教育会全体を変えることができなくても、学校レベル、もしくは教室レベルでそれらの問題を一つでも多く解決していけたらと思います。
日本の社会には日本の古き良き伝統を忘れ、秩序のない行動をする人が増えてきています。そしてその結果、多くの社会問題が起こっています。僕はそれらの問題は、人間形成の基盤を作る教育の問題や質が改善されない限り、解決させることはないと思います。だから、その教育に携わり、少しでも社会の力になりたいと思い、教師になることを近い将来の目標にしたのです。
だから僕は今まで常に、良い教師になるには、日本の教育界や社会に存在する問題はどのようにすれば改善されるかと考えながら過ごしてきました。そして今後もそうして人生を過ごしていくでしょう。
しかし今だけは、少しの間全く何も考えずに、頭を休め、心を落ち着かせようと思います。そして、ウルグアイのゆっくりと変化していく空を、じっくりと眺めようと思います。